2008年07月05日

久米島

東に向けた長い長いリーフを超えてたどり着いたところは久米島 泊港 近くのキャンプ場は潮が干上がり上陸不可能 よって近くの港に ここでもサバニは海人達には歓迎される。シャロに入れたら何か言われると思ったらサザエの差し入れを頂いた。全国に泊港という名がある。それは良港を意味する古い言葉だと、どこかで聞いた事がある。明日は60k先 粟国島に向けて、、、
  

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2008年07月04日

続渡名喜島

4月4日 今日は風待ちで1日ここで停滞 体力を蓄え明日 いよいよ久米島へ向けて出向 このコースは定期行路にしたい魅力的なコースだ。いつまでも変わらぬ景色でいて欲しい。見知らぬ人も気持ちよく挨拶してくれる。環境が人の心まで穏やかにしてくれるのかもしれない。
  

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2008年07月03日

トナキの時

サバニ旅に出ると四六時中 風の強さ向きが気になる。風は時々に変幻自在に変わり、その度に一喜一憂する。伴走船を伴わない緊張感はだからたまらないのかもしれない。 今日はシャワーに食堂での食事 明日は久米島か停滞か?
  

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2008年07月03日

トナキ島

11時、際どい風だったが何とか到着
  

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2008年07月03日

渡嘉敷島ジシップ

いざ となきへ!
  

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2008年07月02日

渡嘉敷島ジシップ

サバニ旅 初日 午後1時 目的のジシップ島に到着 うーん いい日だー
  

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2008年06月22日

カッコ舟

青森市に木造船の博物館がある。館内にはすごい数の船が展示されている。私は青森県の太平洋側の出身だが同じ青森でも制作方法や形がまるで違うのに驚かされる。地理的には近くでも違う起源を持っているのではないか?むしろ沖縄のサバニに近いのではないかとさえ思えてくる。話は飛ぶが自家の周辺からは今でも縄文土器がいくらでも拾える。かなり広い範囲で集落が広がっていたのではないかと想像する。青森市の山内丸山遺跡は有名だが実は太平洋側にも至る所に縄文遺跡が存在し住んでいた証が見てとれる。遠くポリネシアの島から同じ縄文土器が出土した話は有名な話だが今、私達が想像するより遥かに自由に移動していたのではないか?続く!
  

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2008年06月01日

旅の準備No.2

ヤフーグァーというそうだが波除け板を付けてみた が サバニは漕ぐ事も大きなポテンシャルの一つだから、実際の現場で活躍出来るかはまだ分からない。過去三回の航海ではその必要性は感じなかったが、航海の成功は天候を始め多くの幸運に支えられている事を肝に命じなければならない。時間はかかろうとも無駄な労力かも知れないが、とりあえずテストする価値はある。ところで、このヤフーグァーもしかして漕ぐ必要がない、エンジンを付けるようになってからのものではなかろうか?いずれにしても答えは明日全ての装備を備えて海に出てみよう。
  

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2008年05月29日

旅の準備

3メートルを超えるカケロマ海峡の波を乗り越えたアウトリガーを支える棒だが昨年、伊是名〜ギナマ間の波で鈍い音がした。 アウトリガーは基本的に風上側に設置するものだと私は固く信じているが当日は怠けて入れ替えずに出発した。強い風にうねりも重なり幾度かアウトリガーが沈む込む程だった。その時、ギッ という鈍い音かした。音に気づいたのはおそらく私だけだったろうと思う。それ程微かな音だったが、無視する訳にもいかず次の旅に向けて強固なものに新たに制作した。[手前は予備のマスト]準備はまだまだ気が遠くなる程山済みだが私にとって至福の旅は、すでに始まっているのだ。
  

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2008年05月14日

北の国から

サバニ旅の中、微調整の出来ないmsrで悪戦苦闘する姿を見るに見かねた仲間がスノーピーク製の微調整ができるストーブを持ってきてくれた。これで今年のキャンプはぐっと飯炊きが容易になる。せっかくだから今日はこれで煮炊きをしてみよう。
  

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2008年02月08日

父の死

父は65歳の若さで亡くなった。 公務員だった父は、その人生の殆どを子供のために捧げた人生だった。
朝4時に起き近所に徒歩で豚の餌を集め帰って来たと思えば暗くなるまで山や畑 時には真冬の海で夜中まで働いた。
父の思い出は寝る以外は全て働いている姿しか思い浮かばない。 公務員の家庭とは思えない質素な生活だった。 家族で食事に出かけた記憶は一度としてない。 父の姓は森ではない、一人娘の母の実家の養子となった。が 程なくその家を飛び出した。母は実家を捨て父に着いてきた。 そんな母に父は「お前の実家より手に余る程の財産を築く」と約束した。 
そして細切れではあるが、10を超える土地を手に入れ約束を果たした。 定年を迎えたら小川の流れに岩魚が群れ狐の穴が幾つも開いているお気に入りの山に小さな家を建て大好きな犬と暮らす。 それが私の知る限り父の唯一の自分の為に動いた行動だった。 そんな矢先に脳腫瘍で、あっけなく逝ってしまった。 車を持たない父は50CCのバイクで何度も運んだであろう木材が20年を過ぎた今もその姿を留めている。

父が逝った日 私は病院にいた 母が「今日はイドゲナー」(居てくれよ) という言葉を受け止められず逃げるように病院を後にした。 遅く家に帰ると全ての部屋に明かりが灯り多くの人が出入りしていた。 何が起こったか直ぐに察した。 
通夜の日 父の隣で毛布をかぶり寝たふりをし声を殺して泣きに泣いた。  

そして、その夜 父は私に会いに来てくれた。 穏やかな顔でじっと私を見ていた。 どうするんだよ これから 何で死んだんだよ 心で叫んでいる私に父は何も答えず、微笑んでいるように穏やかに見ているだけだった。 目が覚めても、その記憶がはっきりしている。 父は何も声を発しなかったが、私には聞こえた。 「大丈夫 大丈夫」 と

末っ子だった私は父が帰ると一番にその胸に飛び込み決まっておもちゃが入った小さな箱のお菓子を貰うのが常だった。
ひげで顔を擦られながら私の定位置は父の膝の上だった。 いつも自慢の父だった。  

勉強しろ と言われた事はただの一度も無かった。  1か月の夏休み友人とキャンプに出かけ、明日から学校という日の夜に帰って来た。 明かりが台所を照らし、ちょうど夕食時で、皆食卓を囲んでいた。 さすがに何か言われるだろうと覚悟していたが、飯にかぶりついている私に父は一言「何処に行っていた。」「東北一周」と答えたら ふーん で終わった。

父が初めて買ったであろう山へ家族皆で草刈に行った日の事が私の中では最も輝いた記憶として残っている。
日の強い夏だったろうか?刈った木を無理して背負う私をとことん褒めてくれる。 初めて見るウサギ リス 蛇 カッコウに
ウグイスが山々に響き 緑と木屑の鼻を突くような強烈な匂いの中 母の作った弁当を風呂敷いっぱいに広げた。強い陽射しの中真っ白く記憶まで遠ざかって逝くように輝いていた。

今素直に父に向けて言える。 言い尽くせない程の愛情を持って育ててくれてありがとう。 その事を貴方の孫である
私の子供にしっかりと伝えます。  もう私たちの事は心配しないでゆっくり休んで  と 
 
WEB のBE-PAL に私の大好きな伊東さんと はっちぃ隊長こと蜂須賀 公之さんのブログがある。 父の死について心の内をそのままに載せている。  このブログを見て私も父の事が思い出さずにはいられなくなった。 機会を作ってくれた二人にありがとう です。  

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2008年01月25日

美談

都会に出ると外に出る気にもならず、さっさと宿に戻ってもダラダラとテレビでも見ている。そんな中、美談としてカレイに14年前記念に飛ばした手紙が付いていた という。風船を空に飛ばす映像が映し出された。何かにつけてひねくれている私は、風船は一瞬のために大量のゴミを空にまいているだけに映るし、このニュースも別な見方をすれば目に見えないところで環境に悪影響を与えている証だと映る。 果たしていいニュースなのだろうか?と、
  

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2008年01月19日

旅の途中

3年間 海想で働いてくれたスタッフが今日沖縄から離れる。 渡り鳥が南下するように沖縄に辿り着き、また新天地を求めて軽やかに飛び立って行く。 巣立ちを見る我が子を送り出すような一抹の寂しさと励ましが交差し、さらに大きくなって帰っておいでと送り出すしかない。 旅の途中 海想に立ち寄ってくれた事にまず感謝したい。 思えばショップを開いたりダイビングインストラクターやパラセール 時にはホテルマンと変幻自在にその姿を変え、どんな世界でも生きていける柔軟性を持ち合わせている人はそういないだろう。 仕事以外でもレースやサバニ旅を、あなたと共に黄金のような時を送った事を私は一生忘れないだろう。 あなたがここに居てくれた事を他の誰より感謝していたのは実は私だった事をここに告白しよう。 お互い旅はまだまだ続く、いつかまた旅の途中で出会える事もあるだろう。  次に出会う時は何に変身しているか楽しみでもある。

まぁー とにかく達者でな  

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2007年10月29日

フーカキサバニレース

昨日 糸満でフーカキサバニレースが行われた。 
結果的には海想も参加する事ができたが、参加できるか、かなり微妙な状況だった。
 というのも当日は長く働いてくれているスタッフの結婚式があり、これを欠席してまでレースには? どうかと、、
座間味のレースにも参加しているスタッフだから当然海想のメンバーも集まらない。 
そんな中 荒木 タクジ君がスタッフ3人は集めるから出よう! かくして開催4日前になってエントリーした。 
とりあえず4人いれば何とかなる。 結局 一人私の知り合いを何とか確保して当日一人見学に来ていた人を入れて何とか6人での体裁を保つ事ができた。 
そしてレースが終わったら表彰式にも参加しないで、さっさと会場を後にした。
 関係者には言い訳が出来ない失礼な事をしました。 本当に 「ごめんなさい!」 ここで改めて 「お詫びいたします。」
 糸満でのレースは始めての参加だったが、私の中では少し緊張したエントリーだったように思う。 
海人の発祥に地と言われる聖地とも言える糸満で開催されるのに果たしてアウトリガー付きでいいんだろうか? 
なるべく多くの参加者を募るべくルール上はいいんだろうが参加する私達は、やはりそこは心して参加しなければならないのではないか? そんな気がしてならない。
ただ私達は現時点で単船での技術は持ち合わせていない。
 では参加しない方がいいのか? いやそうではないはずだ。
そんな葛藤というほど大げさなものではないが、何となく気になっていた。 
日頃から座間味のサバニレースをきっかけに帆かけサバニが、もっといろいろな形で普及して欲しいと願っていたから、こうしたイベントは願っても無い事だ。
 1円にもならない事なのに大変なご苦労をして大会を盛り上げ運営している関係者に本当に頭が下がる思いだ。 
 また参加するチームも、そうした事を肌で感じているのかレースと言っても、どこか皆和やかで一体感が感じられる。 
この大会は今後きっと、さらに盛り上がっていくような気がする。そんな予感をさせてくれるような大会だった。  
ゴールは私達が最初に切ったかも知れませんが、あえてアウトリガーを付けないで参加しているチームに比べたら立っている位置が既に違っているようなものなのかも知れない。
もし私達がアウトリガー無しで参加していたらゴールすらままならない筈だ。それほど単船での操船は難しく技術がいるものなのだ という事をここで述べさせて頂く事で糸満での参加をお許し頂きたい。
それにしてもサバニは乗っているだけで楽しい。  
楽しい日を共に味わった人たちに「ありがとう」 また糸満で会いましょう。

                                                               森
                                                              
 
  

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2007年08月23日

2007年サバニ旅 No.27

風はさらに勢いを増しているようだ。 西には数時間前までいた至福の時を過ごした伊是名島が見える。 この海をいとも簡単に越えて来たサバニに改めて関心する。 
今回の旅は、さらなる旅の準備という目的をも持っている。 次の航海はあらゆる面で、ハードな条件が重なる。その日まで航海能力を高めなければならない。 まだまだ課題は山積みだが、それが見え改善点が見えてきただけでも大きな収穫だと思う。 約200kの航海だったが伴走船を伴わない一隻だけの航海は私たちに目には見えないが大きな自信と収穫の大きかった旅だったのではないかと思う。 私は航海に専念しクルーに対して細やかな心配りを一切していなかった。 「一人は皆のために 皆は一人のために」 この言葉を口癖のように諭し、それを実践していた伊東さんを始め、こんなに気持ちのいいクルーが他に存在するのだろうかと思えるぐらい気持ちのいいメンバーに恵まれた。 改めて今回参加したクルーに感謝したい。

それにしても あー 楽しかったー

お   し   ま   い            

(これを書くエネルギーは、これを読んだ人が面白そうだなー 俺もやってみたいなーという人が一人でも増えてくれる事を願って書いています。 こんなに楽しい旅は他に存在するのだろうかと、思えるぐらい 楽しい遊びだと思う。 いつか旅の途中でサバニ同士が やーどちらまで? と声を掛け合いたいものだ。 )
                            
                                                           森  洋治
  

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2007年08月22日

2007年サバニ旅 No.26

那覇の港を出港してから1週間 計画では、ここまでがとりあえずの目的地。
ここから先は天候と相談しながら、さらに旅を続ける予定だった。 
が共に旅を続けて来た伊東氏が日程の調整がつかず、さらには今まで無理に無理を重ねたアキラが力尽きた。 よって明日は撤収中撤収のため進路を本島北端に最も近い30K先の宜名間漁港に決まった。 向かえに来る友人から「明日は時化るけど大丈夫か? 無理はするな!」 というメールが入った。 さらには、この旅を、どこで知ったか近くに住む友人である漁師から「明日は波が高くなるよ」というメールが入った。 二人とも長年 海と付き合ってきた信頼のおける人達だ。 こうなると、さすがに慎重にならざるを得ない。 テレビで天気予報を確認し 携帯で確認し さらにはパソコンで最新の情報を送ってもらった。 が確かに多少風は上がりそうだが、危険という状況にはないのではないか? 山から見えた潮目も伊是名島北端から古宇利島に向けて走っていた。あの波を越えなければならないとしたら、さすがに躊躇するだろうが、そうした潮にぶつかる事もないだろう。南の風がこれ以上吹いても最も影響を受けるとしたら出て間もなくだろう。 その後は本部半島や伊江島の島に阻まれ波も落ちてくるのではないだろうか? さらに、これからの数日間は風は上がる事は あっても落ちる事はなさそうだ。だとしたら出るとしたら明日がいいのではないか? 前日こうした状況と情報を皆と共有し明日は宜名間港に向けて出発する。もし出航して思いの他 時化ていたら引き返し伊平屋島に非難する。 
という事にした。 朝6時の時点で沖には既に小さな白波が立っていた。やはり幾分 風は上がっているようだ、沖に出て、どの程度の波が立っているかが気になるところだが、もし危険な状況なら肉眼でも確認できるし、その前に引き返す事はこの風では、むしろ簡単だ。 慎重に舟を進めながら最も波があるだろうラインを通った。波高3メートル位だろうか? 確かに大きな波だし何の心配も無いと言えばうそになるが、緊張する程度の波ではない。 出航してから30分が経ったところで、このまま宜名間港に向けて突っ切る事が決まった。この波を早くやり過ごすために進路を140度に取った。 やはり本部半島と伊江島に阻まれて暫くしたら大きなうねりも治まった。 目の前に茅打バンタその下に宜名間漁港ここからは真っ直ぐ宜名間港に向けて行けばいい。後は大型船の航路になっているため若干本島よりを通れば問題はないだろう。  
東シナ海を望む景勝地 カヤウチバンタを見上げるところに宜名間漁港がある。
サバニを上げ今年の航海も無事終わった。 港にある水道から体についた乾いた塩を洗いながら何時までも何時までも、この場で浴びていたいと思った。
迎えに来た友人が私達が通ってきた海の道を見ながら、この波だよ!と見た海は無数に白波が立ち到底海に出ようという気にさせない迫力をもって唸りを上げていた。
  

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2007年08月21日

2007年サバニ旅 No.25

マッテラ浜イノーは舟を係留するのに十分な水深があり視界に広がる全てに人工物もなく広く真っ白なビーチが続く理想的な場所に辿り着いた。 東に向けたビーチは無人島の屋那覇島と遠くにやんばるの山並みが見える。  大きく育ったモクマオウの木が周囲に十分な影を作ってくれる。正午の照り返すビーチの暑さと影のコントラストをさらに際立たせている。観光中  モクマオウは本来 沖縄には無い外来種だが、この際目をつぶる事にしよう。 ここでもダイビングショップを営むN氏に車やらシャワー 挙句は観光案内までしてもらった。 誰かの言葉に「旅先に恩義あり」 こうした時の心使いは助かるし遠慮なく頂く事にする。まさに「恩義あり」と手を合わせたい気持ちになる。 結局直ぐ隣にある伊平屋島行きはキャンセルしてここに2泊した。 昨日から風向が南西から南に変わり伊平屋島は、さらに北に位置している。 多少風が東に向けても辺戸岬には問題なく行ける が伊平屋島はここからさらに10K上る。 ちょっとでも東に向いた風になると安心できる風向では無くなる。 多少 波も上がっているだろうし今までの航海と違って大きな船の航路にもなっている。 という訳で居心地のいい環境は出航しない言い訳もうまくなるというものだ。  

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2007年08月20日

2007年サバニ旅 No.24

7月 3日 南の風 7メートル 昨日は干潮時にアンカーリングしたため満潮時は大分沖に感じる。波はリーフを超えて入ってくるため舟も前後に大きく揺れている。砂袋のアンカーを上げ荷物を積み込み波に翻弄されながらも何とか出航できた。 宿で一緒だった幾人かが見送りに来てくれていた。 いよいよ出航という時に明るく手を振ったら、二度と会えない最後の航海を見送るような不安な顔で見送ってくれた。 港の中と違って自然のビーチからの出航は荷物を積み込む間、波を全身に浴びながら舟を支えなければならないし、海面が腰高から舟に乗り込むには思いの外簡単ではないのだ。 かくして一部始終を見ている観客は何ともスムーズに行かない準備に「大丈夫なんだろうか?」という思いを抱かせたのだろう。 帆を張ったサバニは手を振る見送る人達をあっという間に視界から遠ざける。

 リーフを超え本部半島の輪郭が見え始めた頃 やんばるの山並みが北に向けて連なって見える。 目指す伊是名島とその向こうにある伊平屋島が重なって見える。まだどの山がどの島なのか検討はつかないが、一番濃い色の島に向けて進路をとる。 全く初めてのコースは風向 潮流 潮目 それにリーフと気を使わなければならない事だらけなのだが、これが案外面白くなってくる。 予め前日 海図でコースを設定する。主に風向によってコースもある程度限定されるが、今回初めてコース変更を余儀なくした。 水平線を注意深く見ていると、海底の起伏によるものだったり潮流によるものだったりして、時折時化ているのが肉眼でも見て取れる。


単船での航海に間違いは許されない、波立っているところを、あえて通る必要はない。 島の前方右に潮流が長く走っていて波立っている。 
恐らく伊江島沖から来る潮流と北からの流れがぶつかり合って起こっているだろう事は想像できた。どこまで続いているのか肉眼では確認出来ないほど延々と古宇利島の方に延びている。 そのスタートは運良く伊是名島南の港入り口 立標から約100メートル位のところから始まっている。 ここを避け 屋那覇島のリーフギリギリまで近づき、この波を横目に見ながらやり過ごした。
 
それでも屋那覇島と伊江島側からのぶつかり合う波を受け何度か波を被った。 この波を受けて一瞬あの波立つラインを経験してみたいと思った事を後悔し、チャレンジしないで良かったと胸をなでおろした。 きっとチャレンジしたとしても何度かの大きな波を被り数分間の緊張した時間を体験する というだけだろうが万が一そうでなかったらと考えると、やはり航海は最善の方法を常に模索するに越した事はない。伊是名島の最も南に位置する立標を超えると、うねりも消えコバルトブルーの静かなイノーへと導かれるよう入っていく、船が航行出来るように掘られた水路が一直線に港に向かって伸びていた。
  

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2007年08月19日

2007年サバニ旅 No.23

 伊江島には優れたサバニ大工がいる。完成したサバニの進水式を前に一足先に見に行く事にした。エンジンが付かないサバニは数十年の間注文が無かった。沖縄の伝統的なサバニの文化を復活させよう。と始まったサバニレースによって俄かにサバニを注文する人も増えて来ている。
 ここ伊江島の下門(シモジョウ)さんは最近の注文だけでも私の知る限り4隻を数える。私達がここまで乗って来たサバニも、大工は違っても、こうした流れの中で造られたものだ。レースをきっかけに今後こうした動きが、さらに発展してくれればと願う。いつ来てもきれいに整頓された工房の真ん中に完成したサバニがあった。サバニの中に木屑一つない、その丁重な仕事ぶりがうかがえる。突然の訪問にも関わらず、いつもと変わらず快く迎え入れてくれた。ここまでサバニで来た事、明日は伊是名に向かう事を伝えると「今日も明日も最高の風だ。走るよ!」と励ましてくれた。


 今夜の宿は土の宿、おそらく沖縄で最も古いゲストハウスかも知れない。
伊江島は東に向けて長いビーチがあり、そこに整備されたキャンプ場がある。サバニとハンモックテントにキャンプは似合うが至れり尽くせりのキャンプ場となると、どこかテレがある。釣れた魚を、さばかなければならず自炊が出来、各調味料も揃っている今夜の宿は何かと重宝する。おかずには刺身 煮付け 焼き魚 魚汁と調理の時間をたっぷりかけた、いつになく豪華な夕食と相成った。
  

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2007年08月18日

2007年サバニ旅 No.22

7月2日 南西の風7メートル、真向かいから無数に小さな白波は立つ中出航。港の前方両サイドにテトラポットがあるため、さらに、強い風が集中している。最後の防波堤を越えても進行方向左サイドにリーフが張り出しているため、まだ暫くは風に向かって漕ぐしかない。少しでも舟の先を横に向けたり、風に流されたら、たちまちリーフに乗り上げてしまう。この辺がエンジンの無い舟の最も気を使う場面だ。約20分の爆漕ぎの末、何とか帆を上げるところまで来た。帆を上げながらも風を入れ直ぐに船首を伊江島に向け、とにかく、この場から逃げる。もたもたしていると直ぐに横のリーフに捕まってしまう、リーフを超え濃いブルーの海に入ると、波は大きなうねりとなる。昨日、灯台からは伊江島タッチューがはっきり見えていたが、さすがにこの位置からは見えない。
本島中心部にある恩納岳が霞んで見える。風は衰えを知らず、さらに勢いを増しサバニを伊江島へと、どんどん運んでくれる。この分だと到着を夕方に予想していたが、思いの外、早く着くかも知れない。この旅で、いつも一番先に見つける、目にいいアキラが伊江島タッチューの天辺を確認、暫くして皆の目にも入ってきた。改めてこの距離の長さを実感する。 
これらの島々はサバニにとって最も適した環境のような気がする。 
この海は、やはりサバニが最も似合う琉球の海なのだ。
 
伊江島の輪郭が、はっきりと見て取れる頃から粟国島が視界から消え、やがて本部半島の岩山を削った痛々しい肌が見えてくると山の無い瀬底島や水納島も肉眼で確認できるようになる。島々のリーフに沿って、白く波立つ周辺を。アジサシが小魚を追って忙しく飛び回っているそろそろ釣れてもいいのになーと思って竿を見たら、いつの間にか竿がしなっている、魚が掛かるとラインが流れる音がするが狙っている大きさには程遠い大きさだったせいもあって何時釣れたのかも気付かないままに引っ張られたままでいた。もう直ぐ到着という時だったので結果として新鮮な状態で頂く事ができた。

結局 伊江島到着は午後1時 粟国島を7時に出航したから60Kを6時間で航海した事になる。一日の内でどこかで風が治まるものだが、今回の旅は常に治まる事を知らず終日吹いていた。
  

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