2007年08月23日
2007年サバニ旅 No.27
風はさらに勢いを増しているようだ。 西には数時間前までいた至福の時を過ごした伊是名島が見える。 この海をいとも簡単に越えて来たサバニに改めて関心する。
今回の旅は、さらなる旅の準備という目的をも持っている。 次の航海はあらゆる面で、ハードな条件が重なる。その日まで航海能力を高めなければならない。 まだまだ課題は山積みだが、それが見え改善点が見えてきただけでも大きな収穫だと思う。
約200kの航海だったが伴走船を伴わない一隻だけの航海は私たちに目には見えないが大きな自信と収穫の大きかった旅だったのではないかと思う。 私は航海に専念しクルーに対して細やかな心配りを一切していなかった。 「一人は皆のために 皆は一人のために」 この言葉を口癖のように諭し、それを実践していた伊東さんを始め、こんなに気持ちのいいクルーが他に存在するのだろうかと思えるぐらい気持ちのいいメンバーに恵まれた。 改めて今回参加したクルーに感謝したい。
それにしても あー 楽しかったー
お し ま い
(これを書くエネルギーは、これを読んだ人が面白そうだなー 俺もやってみたいなーという人が一人でも増えてくれる事を願って書いています。 こんなに楽しい旅は他に存在するのだろうかと、思えるぐらい 楽しい遊びだと思う。 いつか旅の途中でサバニ同士が やーどちらまで? と声を掛け合いたいものだ。 )
森 洋治
今回の旅は、さらなる旅の準備という目的をも持っている。 次の航海はあらゆる面で、ハードな条件が重なる。その日まで航海能力を高めなければならない。 まだまだ課題は山積みだが、それが見え改善点が見えてきただけでも大きな収穫だと思う。
約200kの航海だったが伴走船を伴わない一隻だけの航海は私たちに目には見えないが大きな自信と収穫の大きかった旅だったのではないかと思う。 私は航海に専念しクルーに対して細やかな心配りを一切していなかった。 「一人は皆のために 皆は一人のために」 この言葉を口癖のように諭し、それを実践していた伊東さんを始め、こんなに気持ちのいいクルーが他に存在するのだろうかと思えるぐらい気持ちのいいメンバーに恵まれた。 改めて今回参加したクルーに感謝したい。それにしても あー 楽しかったー
お し ま い
(これを書くエネルギーは、これを読んだ人が面白そうだなー 俺もやってみたいなーという人が一人でも増えてくれる事を願って書いています。 こんなに楽しい旅は他に存在するのだろうかと、思えるぐらい 楽しい遊びだと思う。 いつか旅の途中でサバニ同士が やーどちらまで? と声を掛け合いたいものだ。 )
森 洋治
2007年08月22日
2007年サバニ旅 No.26
那覇の港を出港してから1週間 計画では、ここまでがとりあえずの目的地。
ここから先は天候と相談しながら、さらに旅を続ける予定だった。
が共に旅を続けて来た伊東氏が日程の調整がつかず、さらには今まで無理に無理を重ねたアキラが力尽きた。 よって明日は
撤収のため進路を本島北端に最も近い30K先の宜名間漁港に決まった。 向かえに来る友人から「明日は時化るけど大丈夫か? 無理はするな!」 というメールが入った。 さらには、この旅を、どこで知ったか近くに住む友人である漁師から「明日は波が高くなるよ」というメールが入った。 二人とも長年 海と付き合ってきた信頼のおける人達だ。 こうなると、さすがに慎重にならざるを得ない。 テレビで天気予報を確認し 携帯で確認し さらにはパソコンで最新の情報を送ってもらった。 が確かに多少風は上がりそうだが、危険という状況にはないのではないか? 山から見えた潮目も伊是名島北端から古宇利島に向けて走っていた。あの波を越えなければならないとしたら、さすがに躊躇するだろうが、そうした潮にぶつかる事もないだろう。南の風がこれ以上吹いても最も影響を受けるとしたら出て間もなくだろう。 その後は本部半島や伊江島の島に阻まれ波も落ちてくるのではないだろうか? さらに、これからの数日間は風は上がる事は あっても落ちる事はなさそうだ。だとしたら出るとしたら明日がいいのではないか? 前日こうした状況と情報を皆と共有し明日は宜名間港に向けて出発する。もし出航して思いの他 時化ていたら引き返し伊平屋島に非難する。
という事にした。 朝6時の時点で沖には既に小さな白波が立っていた。やはり幾分 風は上がっているようだ、沖に出て、どの程度の波が立っているかが気になるところだが、もし危険な状況なら肉眼でも確認できるし、その前に引き返す事はこの風では、むしろ簡単だ。 慎重に舟を進めながら最も波があるだろうラインを通った。波高3メートル位だろうか? 確かに大きな波だし何の心配も無いと言えばうそになるが、緊張する程度の波ではない。 出航してから30分が経ったところで、このまま宜名間港に向けて突っ切る事が決まった。この波を早くやり過ごすために進路を140度に取った。 やはり本部半島と伊江島に阻まれて暫くしたら大きなうねりも治まった。
ここからは真っ直ぐ宜名間港に向けて行けばいい。後は大型船の航路になっているため若干本島よりを通れば問題はないだろう。
東シナ海を望む景勝地 カヤウチバンタを見上げるところに宜名間漁港がある。
サバニを上げ今年の航海も無事終わった。 港にある水道から体についた乾いた塩を洗いながら何時までも何時までも、この場で浴びていたいと思った。
迎えに来た友人が私達が通ってきた海の道を見ながら、この波だよ!と見た海は無数に白波が立ち到底海に出ようという気にさせない迫力をもって唸りを上げていた。
ここから先は天候と相談しながら、さらに旅を続ける予定だった。
が共に旅を続けて来た伊東氏が日程の調整がつかず、さらには今まで無理に無理を重ねたアキラが力尽きた。 よって明日は
撤収のため進路を本島北端に最も近い30K先の宜名間漁港に決まった。 向かえに来る友人から「明日は時化るけど大丈夫か? 無理はするな!」 というメールが入った。 さらには、この旅を、どこで知ったか近くに住む友人である漁師から「明日は波が高くなるよ」というメールが入った。 二人とも長年 海と付き合ってきた信頼のおける人達だ。 こうなると、さすがに慎重にならざるを得ない。 テレビで天気予報を確認し 携帯で確認し さらにはパソコンで最新の情報を送ってもらった。 が確かに多少風は上がりそうだが、危険という状況にはないのではないか? 山から見えた潮目も伊是名島北端から古宇利島に向けて走っていた。あの波を越えなければならないとしたら、さすがに躊躇するだろうが、そうした潮にぶつかる事もないだろう。南の風がこれ以上吹いても最も影響を受けるとしたら出て間もなくだろう。 その後は本部半島や伊江島の島に阻まれ波も落ちてくるのではないだろうか? さらに、これからの数日間は風は上がる事は あっても落ちる事はなさそうだ。だとしたら出るとしたら明日がいいのではないか? 前日こうした状況と情報を皆と共有し明日は宜名間港に向けて出発する。もし出航して思いの他 時化ていたら引き返し伊平屋島に非難する。 という事にした。 朝6時の時点で沖には既に小さな白波が立っていた。やはり幾分 風は上がっているようだ、沖に出て、どの程度の波が立っているかが気になるところだが、もし危険な状況なら肉眼でも確認できるし、その前に引き返す事はこの風では、むしろ簡単だ。 慎重に舟を進めながら最も波があるだろうラインを通った。波高3メートル位だろうか? 確かに大きな波だし何の心配も無いと言えばうそになるが、緊張する程度の波ではない。 出航してから30分が経ったところで、このまま宜名間港に向けて突っ切る事が決まった。この波を早くやり過ごすために進路を140度に取った。 やはり本部半島と伊江島に阻まれて暫くしたら大きなうねりも治まった。
ここからは真っ直ぐ宜名間港に向けて行けばいい。後は大型船の航路になっているため若干本島よりを通れば問題はないだろう。 東シナ海を望む景勝地 カヤウチバンタを見上げるところに宜名間漁港がある。
サバニを上げ今年の航海も無事終わった。 港にある水道から体についた乾いた塩を洗いながら何時までも何時までも、この場で浴びていたいと思った。
迎えに来た友人が私達が通ってきた海の道を見ながら、この波だよ!と見た海は無数に白波が立ち到底海に出ようという気にさせない迫力をもって唸りを上げていた。
2007年08月21日
2007年サバニ旅 No.25
イノーは舟を係留するのに十分な水深があり視界に広がる全てに人工物もなく広く真っ白なビーチが続く理想的な場所に辿り着いた。 東に向けたビーチは無人島の屋那覇島と遠くにやんばるの山並みが見える。 大きく育ったモクマオウの木が周囲に十分な影を作ってくれる。正午の照り返すビーチの暑さと影のコントラストをさらに際立たせている。
モクマオウは本来 沖縄には無い外来種だが、この際目をつぶる事にしよう。 ここでもダイビングショップを営むN氏に車やらシャワー 挙句は観光案内までしてもらった。 誰かの言葉に「旅先に恩義あり」 こうした時の心使いは助かるし遠慮なく頂く事にする。まさに「恩義あり」と手を合わせたい気持ちになる。 結局直ぐ隣にある伊平屋島行きはキャンセルしてここに2泊した。 昨日から風向が南西から南に変わり伊平屋島は、さらに北に位置している。 多少風が東に向けても辺戸岬には問題なく行ける が伊平屋島はここからさらに10K上る。 ちょっとでも東に向いた風になると安心できる風向では無くなる。 多少 波も上がっているだろうし今までの航海と違って大きな船の航路にもなっている。 という訳で居心地のいい環境は出航しない言い訳もうまくなるというものだ。 2007年08月20日
2007年サバニ旅 No.24
7月 3日 南の風 7メートル 昨日は干潮時にアンカーリングしたため満潮時は大分沖に感じる。波はリーフを超えて入ってくるため舟も前後に大きく揺れている。砂袋のアンカーを上げ荷物を積み込み波に翻弄されながらも何とか出航できた。 宿で一
緒だった幾人かが見送りに来てくれていた。 いよいよ出航という時に明るく手を振ったら、二度と会えない最後の航海を見送るような不安な顔で見送ってくれた。 港の中と違って自然のビーチからの出航は荷物を積み込む間、波を全身に浴びながら舟を支えなければならないし、海面が腰高から舟に乗り込むには思いの外簡単ではないのだ。 かくして一部始終を見ている観客は何ともスムーズに行かない準備に「大丈夫なんだろうか?」という思いを抱かせたのだろう。 帆を張ったサバニは手を振る見送る人達をあっという間に視界から遠ざける。
リーフを超え本部半島の輪郭が見え始めた頃 やんばるの山並みが北に向けて連なって見える。 目指す伊是名島とその向こうにある伊平屋島が重なって見える。まだどの山がどの島なのか検討はつかないが、一番濃い色の島に向けて進路をとる。 全く初めてのコースは風向 潮流 潮目 それにリーフと気を使わなければならない事だらけなのだが、これが案外面白くなってくる。 予め前日 海図でコースを設定する。主に風向によってコースもある程度限定されるが、今回初めてコース変更を余儀なくした。 水平線を注意深く見ていると、海底の起伏によるものだったり潮流によるものだったりして、時折時化ているのが肉眼でも見て取れる。
単船での航海に間違いは許されない、波立っているところを、あえて通る必要はない。 島の前方右に潮流が長く走っていて波立っている。
恐らく伊江島沖から来る潮流と北からの流れがぶつかり合って起こっているだろう事は想像できた。どこまで続いているのか肉眼では確認出来ないほど延々と古宇利島の方に延びている。 そのスタートは運良く伊是名島南の港入り口 立標から約100メートル位のところから始まっている。 ここを避け 屋那覇島のリーフギリギリまで近づき、この波を横目に見ながらやり過ごした。
それでも屋那覇島と伊江島側からのぶつかり合う波を受け何度か波を被った。 この波を受けて一瞬あの波立つラインを経験してみたいと思った事を後悔し、チャレンジしないで良かったと胸をなでおろした。 きっとチャレンジしたとしても何度かの大きな波を被り数分間の緊張した時間を体験する というだけだろうが万が一そうでなかったらと考えると、やはり航海は最善の方法を常に模索するに越した事はない。伊是名島の最も南に位置する立標を超えると、うねりも消えコバルトブルーの静かなイノーへと導かれるよう入っていく、船が航行出来るように掘られた水路が一直線に港に向かって伸びていた。
リーフを超え本部半島の輪郭が見え始めた頃 やんばるの山並みが北に向けて連なって見える。 目指す伊是名島とその向こうにある伊平屋島が重なって見える。まだどの山がどの島なのか検討はつかないが、一番濃い色の島に向けて進路をとる。 全く初めてのコースは風向 潮流 潮目 それにリーフと気を使わなければならない事だらけなのだが、これが案外面白くなってくる。 予め前日 海図でコースを設定する。主に風向によってコースもある程度限定されるが、今回初めてコース変更を余儀なくした。 水平線を注意深く見ていると、海底の起伏によるものだったり潮流によるものだったりして、時折時化ているのが肉眼でも見て取れる。
恐らく伊江島沖から来る潮流と北からの流れがぶつかり合って起こっているだろう事は想像できた。どこまで続いているのか肉眼では確認出来ないほど延々と古宇利島の方に延びている。 そのスタートは運良く伊是名島南の港入り口 立標から約100メートル位のところから始まっている。 ここを避け 屋那覇島のリーフギリギリまで近づき、この波を横目に見ながらやり過ごした。
2007年08月19日
2007年サバニ旅 No.23
伊江島には優れたサバニ大工がいる。完成したサバニの進水式を前に一足先に見に行く事にした。エンジンが付かないサバニは数十年の間注文が無かった。沖縄の伝統的なサバニの文化を復活させよう。と始まったサバニレースによって俄かにサバニを注文する人も増えて来ている。
ここ伊江島の下門(シモジョウ)さんは最近の注文だけでも私の知る限り4隻を数える。
私達がここまで乗って来たサバニも、大工は違っても、こうした流れの中で造られたものだ。レースをきっかけに今後こうした動きが、さらに発展してくれればと願う。いつ来てもきれいに整頓された工房の真ん中に完成したサバニがあった。サバニの中に木屑一つない、その丁重な仕事ぶりがうかがえる。突然の訪問にも関わらず、いつもと変わらず快く迎え入れてくれた。ここまでサバニで来た事、明日は伊是名に向かう事を伝えると「今日も明日も最高の風だ。走るよ!」と励ましてくれた。
今夜の宿は土の宿、おそらく沖縄で最も古いゲストハウスかも知れない。
伊江島は東に向けて長いビーチがあり、そこに整備されたキャンプ場がある。サバニとハンモックテントにキャンプは似合うが至れり尽くせりのキャンプ場となると、どこかテレがある。釣れた魚を、さばかなければならず自炊が出来、各調味料も揃っている今夜の宿は何かと重宝する。おかずには刺身 煮付け 焼き魚 魚汁と調理の時間をたっぷりかけた、いつになく豪華な夕食と相成った。
ここ伊江島の下門(シモジョウ)さんは最近の注文だけでも私の知る限り4隻を数える。
伊江島は東に向けて長いビーチがあり、そこに整備されたキャンプ場がある。サバニとハンモックテントにキャンプは似合うが至れり尽くせりのキャンプ場となると、どこかテレがある。釣れた魚を、さばかなければならず自炊が出来、各調味料も揃っている今夜の宿は何かと重宝する。おかずには刺身 煮付け 焼き魚 魚汁と調理の時間をたっぷりかけた、いつになく豪華な夕食と相成った。
2007年08月18日
2007年サバニ旅 No.22
7月2日 南西の風7メートル、真向かいから無数に小さな白波は立つ中出航。港の前方両サイドにテトラポットがあるため、さらに、強い風が集中している。最後の防波堤を越えても進行方向左サイドにリーフが張り出しているため、まだ暫くは風に向かって漕ぐしかない。少しでも舟の先を横に向けたり、風に流されたら、たちまちリーフに乗り上げてしまう。この辺がエンジンの無い舟の最も気を使う場面だ。約20分の爆漕ぎの末、何とか帆を上げるところまで来た。
帆を上げながらも風を入れ直ぐに船首を伊江島に向け、とにかく、この場から逃げる。もたもたしていると直ぐに横のリーフに捕まってしまう、リーフを超え濃いブルーの海に入ると、波は大きなうねりとなる。昨日、灯台からは伊江島タッチューがはっきり見えていたが、さすがにこの位置からは見えない。
本島中心部にある恩納岳が霞んで見える。風は衰えを知らず、さらに勢いを増しサバニを伊江島へと、どんどん運んでくれる。この分だと到着を夕方に予想していたが、思いの外、早く着くかも知れない。この旅で、いつも一番先に見つける、目にいいアキラが伊江島タッチューの天辺を確認、暫くして皆の目にも入ってきた。改めてこの距離の長さを実感する。
これらの島々はサバニにとって最も適した環境のような気がする。
この海は、やはりサバニが最も似合う琉球の海なのだ。
伊江島の輪郭が、はっきりと見て取れる頃から粟国島が視界から消え、やがて本部半島の岩山を削った痛々しい肌が見えてくると山の無い瀬底島や水納島も肉眼で確認できるようになる。島々のリーフに沿って、白く波立つ周辺を。
アジサシが小魚を追って忙しく飛び回っているそろそろ釣れてもいいのになーと思って竿を見たら、いつの間にか竿がしなっている、魚が掛かるとラインが流れる音がするが狙っている大きさには程遠い大きさだったせいもあって何時釣れたのかも気付かないままに引っ張られたままでいた。もう直ぐ到着という時だったので結果として新鮮な状態で頂く事ができた。
結局 伊江島到着は午後1時 粟国島を7時に出航したから60Kを6時間で航海した事になる。一日の内でどこかで風が治まるものだが、今回の旅は常に治まる事を知らず終日吹いていた。
本島中心部にある恩納岳が霞んで見える。風は衰えを知らず、さらに勢いを増しサバニを伊江島へと、どんどん運んでくれる。この分だと到着を夕方に予想していたが、思いの外、早く着くかも知れない。この旅で、いつも一番先に見つける、目にいいアキラが伊江島タッチューの天辺を確認、暫くして皆の目にも入ってきた。改めてこの距離の長さを実感する。
これらの島々はサバニにとって最も適した環境のような気がする。
この海は、やはりサバニが最も似合う琉球の海なのだ。
伊江島の輪郭が、はっきりと見て取れる頃から粟国島が視界から消え、やがて本部半島の岩山を削った痛々しい肌が見えてくると山の無い瀬底島や水納島も肉眼で確認できるようになる。島々のリーフに沿って、白く波立つ周辺を。
結局 伊江島到着は午後1時 粟国島を7時に出航したから60Kを6時間で航海した事になる。一日の内でどこかで風が治まるものだが、今回の旅は常に治まる事を知らず終日吹いていた。
2007年08月06日
2007年サバニ旅 No.21
結局2度目の穴も諦め3度目の穴でやっと卵を産み落として帰って行ったようだ。 諦めた穴の中を調べたら2つとも中心に石があった。これが苦労して掘った穴を諦めた原因なのかは分からないが、亀にとって数十年振りに帰って来る、ふるさとは決して、いい環境とは言えないようだ。 渡名喜島で生まれた小亀達は自力では海に出る事は出来ないだろう。陸と海を隔てる防波堤は亀に限らず全てを遮断している。防波堤のある海はやはり元気がない。 この旅で改めて思い知った事 それは本当に防波堤は必要なのか? ハンモックテントを張る場所が無くなるという事は私たちにとっても、切実な大問題なのだがそれ以上に元気なイノーを保つには小さな生き物が海と陸の出入りが出来、浄化する綺麗な砂浜と、そこに栄養を供給する陸域との繋がりが必要なのだ。豊かな海を保つ事は、この島に住む人間にとっても大事なはずでは? と 力なく呟きながら明日は伊江島へと思いを馳せる。 2007年08月05日
2007年サバニ旅 No.20
よりによって、また私のすぐそばで産卵するであろう穴を掘り始めた。 亀の一回の砂を掻く量は思いのほか大量で、砂を掻き揚げる度に横から勢いよくバケツで降り掛けられた状態となる。 石と化している石はやはり、それでも石を貫き、目 唇 鼻 耳 頭 Tシャツの中と、ところ構わず入ってくる砂をものともせず、ただジッと石として耐えるのみ、だけど当然ながら石になれない石はいったい私は何をしているのだろう? こんな事なら、あのまま寝りについていれば良かった。 そもそも私は亀の産卵など見たいと思っていないのだ。 むしろそっとしておいた方がいいとさえ思っている。 何だか知らない間にこんな状況になってしまった。 亀は勢いよく砂を、かけながら 「大の大人が月夜に砂に這いつくばって何をやっているのだ。さっさと寝ろ!」
という声が聞こえた。 だよなーと納得した私は砂の海にでも飛び込んだ状態の体で、よたよたとテントの中に潜り込んだ。
という声が聞こえた。 だよなーと納得した私は砂の海にでも飛び込んだ状態の体で、よたよたとテントの中に潜り込んだ。
2007年08月05日
2007年サバニ旅 No.19
時折大きく吐き出す息によって舞い上がる砂が顔面に降りかかる。
石と化した私は果たして何時まで、この格好で石でいなければならないのだろうか? 後一歩進んだら間違いなくぶつかってしまう。 しかも顔どうしで、、
亀もその事を理解して、その一歩を躊躇しているのだろうか? 後の4人はこの状況をどのように、見ているのだろう。状況からして、きっと笑いを堪えるのに必死なのだろう。 ちょっとだけ視線をそらして覗きたい気持ちになったが、それすら出来ない。亀は前面の物体を生き物だと思っているのだろうか? それとも思惑どうり私の変身がうまく石に見えているのだろうか? だとしたら乗り越えられない石ではないが当の石は耐えられそうもない!
カンベンして欲しい。 この時 ふと、この鋭いくちばしで噛まれたら、ひとたまりもないだろうなーという恐怖に襲われた。 だいぶ前 水族館の掃除をしている時に亀がエサをねだって口をぱくぱくさせながら向かって来られて危うく噛まれそうになった事を思い出した。 ここで石になっている場合ではない!後で、どんな誹謗 中傷を受けようが、安全第一、今そこにある危機を回避しなければならない。 視線をそらさずに石のままの状態そのままに真っ直ぐに後ろに下がった。 ではなく引力によって石が下にずり落ちたのである。
微かな期待も、この動きによって、きっと亀は産卵を諦め海に帰るのだろうと誰もが思った。 が 賢い亀は石がずり落ちたと判断した。そして気に食わなかった場所を捨て、また一歩そして二歩進んで次の穴を掘り始めた。
石と化した私は果たして何時まで、この格好で石でいなければならないのだろうか? 後一歩進んだら間違いなくぶつかってしまう。 しかも顔どうしで、、
亀もその事を理解して、その一歩を躊躇しているのだろうか? 後の4人はこの状況をどのように、見ているのだろう。状況からして、きっと笑いを堪えるのに必死なのだろう。 ちょっとだけ視線をそらして覗きたい気持ちになったが、それすら出来ない。亀は前面の物体を生き物だと思っているのだろうか? それとも思惑どうり私の変身がうまく石に見えているのだろうか? だとしたら乗り越えられない石ではないが当の石は耐えられそうもない!
カンベンして欲しい。 この時 ふと、この鋭いくちばしで噛まれたら、ひとたまりもないだろうなーという恐怖に襲われた。 だいぶ前 水族館の掃除をしている時に亀がエサをねだって口をぱくぱくさせながら向かって来られて危うく噛まれそうになった事を思い出した。 ここで石になっている場合ではない!後で、どんな誹謗 中傷を受けようが、安全第一、今そこにある危機を回避しなければならない。 視線をそらさずに石のままの状態そのままに真っ直ぐに後ろに下がった。 ではなく引力によって石が下にずり落ちたのである。
微かな期待も、この動きによって、きっと亀は産卵を諦め海に帰るのだろうと誰もが思った。 が 賢い亀は石がずり落ちたと判断した。そして気に食わなかった場所を捨て、また一歩そして二歩進んで次の穴を掘り始めた。
2007年08月05日
2007年サバニ旅 No.18
どの位たったのか? すっかり夢の中だった私はアキラに起こされた。
1日や二日 寝なくても元気なアキラが辛抱強く探していたようだ。
行って見ると4人全員 ホフク前進の真っ最中だった。 皆が向かっている方向を見ると亀は自分で掘った砂の中に埋まって見えない、時折 砂だけが穴の中から舞い上がり、それで亀の存在が想像できた。 本来 海で生活している海亀が自力で陸に上がり穴を掘る、という作業は、子供を生む というだけでも大変な事なのに、それはそれは重労働に違いない。 数回砂が巻き上げ、また暫く何もなくじっとしている。 砂を巻き上げている時だけ5人がゆっくりゆっくりホフク前進しながら近づく、その光景が何とも可笑しく笑いを堪えるのがやっとだった。 アキラが、やっと穴のそばに辿り着いたと思ったら掘るのを止めた亀が穴の中からと出てきた。皆シマッター見つかったか、と思い全員その場で石と化した。 すり鉢状になった穴から頭と甲羅の前面部分がむっくりと出て来たときは、その正面にいた私は思いのほか大きい亀に少々驚き前を向いた顔を動かす事も出来ず、しばし亀と、にらめっこになった。
一回そして2回と亀は穴からその大きな図体を前面押し出し、いよいよ目と鼻の先までに近づいた。
1日や二日 寝なくても元気なアキラが辛抱強く探していたようだ。
行って見ると4人全員 ホフク前進の真っ最中だった。 皆が向かっている方向を見ると亀は自分で掘った砂の中に埋まって見えない、時折 砂だけが穴の中から舞い上がり、それで亀の存在が想像できた。 本来 海で生活している海亀が自力で陸に上がり穴を掘る、という作業は、子供を生む というだけでも大変な事なのに、それはそれは重労働に違いない。 数回砂が巻き上げ、また暫く何もなくじっとしている。 砂を巻き上げている時だけ5人がゆっくりゆっくりホフク前進しながら近づく、その光景が何とも可笑しく笑いを堪えるのがやっとだった。 アキラが、やっと穴のそばに辿り着いたと思ったら掘るのを止めた亀が穴の中からと出てきた。皆シマッター見つかったか、と思い全員その場で石と化した。 すり鉢状になった穴から頭と甲羅の前面部分がむっくりと出て来たときは、その正面にいた私は思いのほか大きい亀に少々驚き前を向いた顔を動かす事も出来ず、しばし亀と、にらめっこになった。
一回そして2回と亀は穴からその大きな図体を前面押し出し、いよいよ目と鼻の先までに近づいた。
2007年08月05日
2007年サバニ旅 No.17
今宵も自炊は止めて粟国島の食堂でお腹を満たし宿(キャンプ)に帰ると、
ちょうど海亀の産卵を見に来ている人たちがいた。確かに波打ち際から
キャタピラーの後が陸に向かって付いていた。
渡名喜島でも前日生んだと思われるところに一本の杭が立てかけられていた。
防波堤を超えて産卵したまではいいが、産み終えた帰りに防波堤を超えられず結局、人によって海に返されたという事だ。 粟国島では高い防波堤を乗り越えられずにコンクリートのギリギリのところで産卵していた。
満月の夜一通り長い海岸を歩き今夜は、これで海亀も来ないのだろうと皆諦め、それぞれの寝床に入った。
ちょうど海亀の産卵を見に来ている人たちがいた。確かに波打ち際から
キャタピラーの後が陸に向かって付いていた。
渡名喜島でも前日生んだと思われるところに一本の杭が立てかけられていた。

防波堤を超えて産卵したまではいいが、産み終えた帰りに防波堤を超えられず結局、人によって海に返されたという事だ。 粟国島では高い防波堤を乗り越えられずにコンクリートのギリギリのところで産卵していた。
満月の夜一通り長い海岸を歩き今夜は、これで海亀も来ないのだろうと皆諦め、それぞれの寝床に入った。
2007年08月05日
2007年サバニ旅 No.16
今日の宿泊地は東に向いた。ウーグ浜 今日から参加した友利を含めて5人
全員がハンモックテントを張る。 一人は林の中に、一人は海が見渡せるデイゴの木 一人は風が抜けるビーチと思い思いの所に今日の住いを作る。
毎回芸術的な空間を作る天才 伊東氏は、決まって最も海に近いビーチにセッテングする。 たとえ、そこが何もない砂浜だけの場所でも櫂や流木をポール代わりに朝 撤収するのが勿体ない程の見事な空間を作る。
そして、ヒルガオが生い茂る、まさにこの場所に海亀が産卵に来ようとは、、、
全員がハンモックテントを張る。 一人は林の中に、一人は海が見渡せるデイゴの木 一人は風が抜けるビーチと思い思いの所に今日の住いを作る。
毎回芸術的な空間を作る天才 伊東氏は、決まって最も海に近いビーチにセッテングする。 たとえ、そこが何もない砂浜だけの場所でも櫂や流木をポール代わりに朝 撤収するのが勿体ない程の見事な空間を作る。そして、ヒルガオが生い茂る、まさにこの場所に海亀が産卵に来ようとは、、、
2007年08月04日
2007年サバニ旅 No.15
港に入るなりパトカーが待機していた。後で知った事だが私達が粟国島に入る前に漁師から既に連絡が入り
「台湾船のような船が島に向かっていること、乗り組み員は男2名に女性2名 計4名」という情報が入っていた。(女性2人とはいったい誰と間違ったのだろうか?)ここでも活躍の場を与えられた、おまわりさんは腰に手を添えて忠実に仕事に集中していたが、乗組員は残念ながら流暢な日本語を話すし、たまたま港にいた人が知り合いだった事もあって、あっけなく帰って行ってしまった。
得体のしれない台湾船の情報を聞きつけ見に来ていたのは、ここでダイビングショップを営むS氏だった。 おかげで職務質問もされずに、すぐに開放され、ついでに何処に行くにも不自由だろうからと車も借してくれた。おかげでサバニを港に置いたまま快適なビーチでキャンプする事が出来、思いがけなく
粟国島観光も出来た。「ナビーの恋」の映画の1シーンにもあった。筆ん崎灯台からは私達が通って来た、また行こうとするコースが、はっきりと望む事が出来る。 ケラマ諸島の中に渡嘉敷島ギシップ島 初日に行くか戻ろうか迷った前島 南西には断念した久米島 北東には今度の旅で最長となる60K先に明日の目的地 伊江島のタッチューが霞んで見える。全て揃ったクルーを祝うかのように一点の曇りのない夕日がゆっくりと空を染める。
「台湾船のような船が島に向かっていること、乗り組み員は男2名に女性2名 計4名」という情報が入っていた。(女性2人とはいったい誰と間違ったのだろうか?)ここでも活躍の場を与えられた、おまわりさんは腰に手を添えて忠実に仕事に集中していたが、乗組員は残念ながら流暢な日本語を話すし、たまたま港にいた人が知り合いだった事もあって、あっけなく帰って行ってしまった。
得体のしれない台湾船の情報を聞きつけ見に来ていたのは、ここでダイビングショップを営むS氏だった。 おかげで職務質問もされずに、すぐに開放され、ついでに何処に行くにも不自由だろうからと車も借してくれた。おかげでサバニを港に置いたまま快適なビーチでキャンプする事が出来、思いがけなく粟国島観光も出来た。「ナビーの恋」の映画の1シーンにもあった。筆ん崎灯台からは私達が通って来た、また行こうとするコースが、はっきりと望む事が出来る。 ケラマ諸島の中に渡嘉敷島ギシップ島 初日に行くか戻ろうか迷った前島 南西には断念した久米島 北東には今度の旅で最長となる60K先に明日の目的地 伊江島のタッチューが霞んで見える。全て揃ったクルーを祝うかのように一点の曇りのない夕日がゆっくりと空を染める。
2007年08月04日
2007年サバニ旅 No.14
渡名喜島には結局2泊の滞在となった。渡名喜島集落は20分も歩けば全てを回る事が出来る。午前中の到着だったために、この2日は十分過ぎる日程だったが、出来れば、ここから約35K先の久米島に向かう予定なのだが、どうも風の向きが悪い、さらには二人減って4人になっては漕ぎで向かうには、この距離は長すぎる。 仕方ないから明日は一つ跳び越して粟国島に向かう事にしよう。 初日から参加の予定だった海想の友利が明日から参加できるとの連絡が入った。
フェリーで粟国島に来て、そこから合流する事とした。
もし私達が到着していなかったら暫くの間ターミナルで待っていて欲しい事を伝えたが風は相変わらず気持ちいいほどに吹き続け結局フェリーが那覇を出発する午前10時には既に粟国島に着いていた。
2007年08月03日
2007年サバニ旅 No.13
2日間一緒だった荒木とエリックは午後2時のフェリーで予定どうり帰る事が出来た。 渡名喜島には遅くとも昼には着くだろうと、かなり無責任な事を言っていたが、何と11時前に着いた。まぐれとは言え、これで暫くは信頼を失う事はないだろう。
時間もたっぷりあるし昼飯はどうしたものかと思っていたら、 どこかに散歩に出かけていた、飯事担当の福原が食堂を見つけた!と嬉しそうに訴えているから、今日のところは、そこで食べよう。
結果として、ここの食事が感動的に美味しく渡名喜島での滞在が2日に延び食事は例外なく全て、ここでとる、という結果となった。 自然を求めて、極力人工的なものを避けている旅とは言っても、食事は作らなくてもいい環境なら、あえて作る必要はないし、涼しい所で食事出来るなら迷わず、そこに逃げ込む、冷えたビールがあるなら、口がそこに吸い込まれて行くのも自然な流れというものだ。 私達は身も心も自然に逆らわない自由人なのだ。
今まで渡嘉敷島のゴーヤー炒めが日本一美味しいとされていたが、この日からダントツにして比類なき渡名喜島のふくぎ食堂のゴーヤーに適う奴はいないと宣言させて頂く! ゴーヤー炒め、そのものの味も然ることながら、お客様を第一に考えた盛り付けが心に染みる。 これならご飯大盛りで2杯は気にせず楽に行けし、おかずの量を加減しながらなら、さらにもう1杯は行ける。
さらには申し訳程度に付いている味噌汁やスープが、ここでは鳥のだしがきっちりと出していて目の前で取れたアーサー(青海苔)が見た目ではなく食べろ!と入っている。 器もどんぶりの如く、さらには、たっぷり入っている。このスープだけでも、ご飯2杯はいける。 食堂で感動する事の少なくなった昨今 一度 渡名喜島 ふくぎ食堂のゴーヤー炒めを食べるためだけに行っても後悔はしないだろう。 私達は例外なく行くたびに鍋を空にし、さらには、わずかなおかずを残して炊き上がる40分を待っては、おかわりの連続だった。
これを読んで一度渡名喜に行く機会に恵まれたら、ご飯にスープをかけて、ズリズリとすすりながら食べる事を一度試して頂きたい。
奄美の鶏飯も唸らせる味に世界の広さを知ることになるだろう。
ただ自炊した前日はキャンプで固形のルーで作ったカレーに、空になった、
コッヘルを見ながら、ご飯もう少し作っても良かったかなーと申し訳なさそうに呟いていた。サバニでの昼はパン、その前は準備でロクな食べ物を食べていなかった。という事も申し述べておこう。
時間もたっぷりあるし昼飯はどうしたものかと思っていたら、 どこかに散歩に出かけていた、飯事担当の福原が食堂を見つけた!と嬉しそうに訴えているから、今日のところは、そこで食べよう。
結果として、ここの食事が感動的に美味しく渡名喜島での滞在が2日に延び食事は例外なく全て、ここでとる、という結果となった。 自然を求めて、極力人工的なものを避けている旅とは言っても、食事は作らなくてもいい環境なら、あえて作る必要はないし、涼しい所で食事出来るなら迷わず、そこに逃げ込む、冷えたビールがあるなら、口がそこに吸い込まれて行くのも自然な流れというものだ。 私達は身も心も自然に逆らわない自由人なのだ。今まで渡嘉敷島のゴーヤー炒めが日本一美味しいとされていたが、この日からダントツにして比類なき渡名喜島のふくぎ食堂のゴーヤーに適う奴はいないと宣言させて頂く! ゴーヤー炒め、そのものの味も然ることながら、お客様を第一に考えた盛り付けが心に染みる。 これならご飯大盛りで2杯は気にせず楽に行けし、おかずの量を加減しながらなら、さらにもう1杯は行ける。
さらには申し訳程度に付いている味噌汁やスープが、ここでは鳥のだしがきっちりと出していて目の前で取れたアーサー(青海苔)が見た目ではなく食べろ!と入っている。 器もどんぶりの如く、さらには、たっぷり入っている。このスープだけでも、ご飯2杯はいける。 食堂で感動する事の少なくなった昨今 一度 渡名喜島 ふくぎ食堂のゴーヤー炒めを食べるためだけに行っても後悔はしないだろう。 私達は例外なく行くたびに鍋を空にし、さらには、わずかなおかずを残して炊き上がる40分を待っては、おかわりの連続だった。
これを読んで一度渡名喜に行く機会に恵まれたら、ご飯にスープをかけて、ズリズリとすすりながら食べる事を一度試して頂きたい。
奄美の鶏飯も唸らせる味に世界の広さを知ることになるだろう。
ただ自炊した前日はキャンプで固形のルーで作ったカレーに、空になった、
コッヘルを見ながら、ご飯もう少し作っても良かったかなーと申し訳なさそうに呟いていた。サバニでの昼はパン、その前は準備でロクな食べ物を食べていなかった。という事も申し述べておこう。
2007年08月03日
2007年サバニ旅 No.12
崎と名の付く所は潮がぶつかり合い波立つところが多い。本来なら遠回りしなければならないところだが、潮止まりなのか意外と波立っていなので、用心しながら、それでもこの迫力を間近で見たくなってギリギリまで近づいた。
岬を越えると、風はうそのように治まり、それに伴って湖のような静かなイノーが広がっている。ダイナミックな赤岩の壁面とは対照的に一面なだらかな山々の緑が目に飛び込んでくる。 さながら「トンネルを抜けると、そこは」 の南国バージョンといった具合だ。
うまい具合にイノーに入る入り口も見つかった。
まだ最干潮には早いが、それでも舟は底をついた。全員舟から降りて、
わずかな水深を見つけて陸へ陸へと舟を進める。 何とかビーチまで運ぶ事ができ、今日はここでキャンプ。
波除けの防波堤がちょっと気になるが、まだまだ、きれいなビーチがある。
暫くしたら潮も完全に退いてサバニも、だらしなくその船体を全てさらす事になるだろう。 正しいサバニの使い方なのだ。
防波堤の内側に一つだけ大きなモンパの木が風雨に耐え頑張って影を作っていてくれた。 キャンプサイトは自ずと決まった。 ここにさらにタープを張り、その周りに4つのハンモックテントが並ぶ、異様にも、らしくキャンプ村が出来上がった。 早速におまわりさんに現れ、やっと仕事らしい仕事が起こった事に嬉々として職務質問させられた。何人で何処から来て何時出るのか? のたった1分だけの出会いだったが、、私達の存在は既に村中に知れているだろうと想像できる。 が嫌われてはいないようだ。 奄美旅でも、そうだがサバニは、よそ者でも隣人として迎える力を持っているようだ。
岬を越えると、風はうそのように治まり、それに伴って湖のような静かなイノーが広がっている。ダイナミックな赤岩の壁面とは対照的に一面なだらかな山々の緑が目に飛び込んでくる。 さながら「トンネルを抜けると、そこは」 の南国バージョンといった具合だ。
うまい具合にイノーに入る入り口も見つかった。
まだ最干潮には早いが、それでも舟は底をついた。全員舟から降りて、
わずかな水深を見つけて陸へ陸へと舟を進める。 何とかビーチまで運ぶ事ができ、今日はここでキャンプ。
波除けの防波堤がちょっと気になるが、まだまだ、きれいなビーチがある。
暫くしたら潮も完全に退いてサバニも、だらしなくその船体を全てさらす事になるだろう。 正しいサバニの使い方なのだ。
防波堤の内側に一つだけ大きなモンパの木が風雨に耐え頑張って影を作っていてくれた。 キャンプサイトは自ずと決まった。 ここにさらにタープを張り、その周りに4つのハンモックテントが並ぶ、異様にも、らしくキャンプ村が出来上がった。 早速におまわりさんに現れ、やっと仕事らしい仕事が起こった事に嬉々として職務質問させられた。何人で何処から来て何時出るのか? のたった1分だけの出会いだったが、、私達の存在は既に村中に知れているだろうと想像できる。 が嫌われてはいないようだ。 奄美旅でも、そうだがサバニは、よそ者でも隣人として迎える力を持っているようだ。2007年08月03日
2007年サバニ旅 No.11
それだとサバニ旅の楽しみが半減してしまう。サバニは沖縄の海にあった舟だ。通常の舟では入れそうもない中に入ってこそサバニではないか? 可能な限りイノーを目指し、どうしてもリーフに阻まれて入れなかったら迂回して港に入ればいいし、風が強くて迂回が難しいとなったらアンカーを打って波に揺られながら海上で一夜を過ごすのも、それはそれでいいではないか?
こうした旅は何事にも与えられた環境を楽しむタフさも備えておかなければならないのかも知れない。 サバニは人工的なものは似合わないのだ!
という事で可能な限り自然のビーチを目指した。 。
渡名喜島の南東に向けたオモノ崎が徐々に姿を現すと、そのダイナミックさに圧倒される。 朝日に照らされた赤岩は木の年輪のように幾重にも折り重なってうねっている。 ある時期どんな地殻変動によって起こったのかと想像を掻き立てられる。 時 を人間の年月などの尺度ではなく、地球という尺度に変える迫力をもって、静かに、そしてどっしりとそこにあった。
こうした旅は何事にも与えられた環境を楽しむタフさも備えておかなければならないのかも知れない。 サバニは人工的なものは似合わないのだ!
という事で可能な限り自然のビーチを目指した。 。渡名喜島の南東に向けたオモノ崎が徐々に姿を現すと、そのダイナミックさに圧倒される。 朝日に照らされた赤岩は木の年輪のように幾重にも折り重なってうねっている。 ある時期どんな地殻変動によって起こったのかと想像を掻き立てられる。 時 を人間の年月などの尺度ではなく、地球という尺度に変える迫力をもって、静かに、そしてどっしりとそこにあった。
2007年08月02日
2007年サバニ旅 No.10
荒木君は、十分なスピードにも関わらずアスリートとしての血が騒ぐのか尚も櫂を持ち続け漕いでいる。 前方に霞む島影が刻々と、その色や形を変えていく。自然のスピードに沿ってその変わりようを見れるのもサバニ旅の楽しみでもある。今度のサバニ旅は、ほとんどの島は一度は渡った事がある島なのだが、こうしてサバニで島に渡る事になろうとは想像すらしていなかった。 出発した日はちょうど大潮に当たり朝出発して昼の到着となると最干潮にあたる。
果たして自然のビーチに入れるのだろうか? 航海は天候さえ気をつければ、そんなにリスキーな旅ではないだろう。問題は島に近づいた時だ。自然のビーチに入れるか?そして入った後に出る事ができるか?が問題だ。リスクを回避して、初めから港に入る。という選択もあるが、だったらヨットと何ら変わらないではないか?
2007年08月02日
2007年サバニ旅 沖縄本島東シナ海編No.9
2日目 渡名喜島に向けて走る。 ここからだと渡名喜島は西北西の位置にある。風もいい具合に吹いているから汗をかかずに帆だけで行けるだろう。
予定では荒木とエリックは、ここで別れフェリーで那覇まで帰ってもらうつもりだったが、どうせ今日帰るんだったら渡名喜島へ行ってから久米島フェリーでも那覇へは帰れる。だったら渡名喜島まで行こう!
そういう訳で、もう一島渡る事になった。 もちろんトラブルもなく順調に行けばの話しだが、、、
南西の風 6メートル 座間味島の北にそびえる如何にも男らしく、そそり立つ男岩を抜け、時折強く吹く風を捕まえ遠くに霞む渡名喜島に進路をとる。
しばらくすると座間味島の山に阻まれていた風も開放されて快調に進んでいく、真横からの風 波のため、たまにアウトリガーやサバニの舷側側から崩れ落ちる波が力なく入ってくるが睡魔と闘うには、ちょうどいいアクセントになっている。
予定では荒木とエリックは、ここで別れフェリーで那覇まで帰ってもらうつもりだったが、どうせ今日帰るんだったら渡名喜島へ行ってから久米島フェリーでも那覇へは帰れる。だったら渡名喜島まで行こう!
そういう訳で、もう一島渡る事になった。 もちろんトラブルもなく順調に行けばの話しだが、、、
南西の風 6メートル 座間味島の北にそびえる如何にも男らしく、そそり立つ男岩を抜け、時折強く吹く風を捕まえ遠くに霞む渡名喜島に進路をとる。 しばらくすると座間味島の山に阻まれていた風も開放されて快調に進んでいく、真横からの風 波のため、たまにアウトリガーやサバニの舷側側から崩れ落ちる波が力なく入ってくるが睡魔と闘うには、ちょうどいいアクセントになっている。
2007年08月02日
2007年サバニ旅 沖縄本島東シナ海編No.8
多少無理を押して来ようと思ったのは、私と(森)と福原を除いて他の4人は始めてだったため、この場所を見せたい ということもあった。 みな最高の場所と喜んでくれた。 普段の生活の中で便利さを求めて、あらゆる物を手に入れているにも関わらず何もないというのが実は心地いい!というのも皮肉な話だが、、



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