2007年06月30日

渡名喜の夕暮れ

今6 晩の宿は渡名喜島 上がり浜ビーチ 反対側のビーチに亀が産卵に来ていた、満月の夜 今晩ここにも亀は上陸してくるのだろうか?その頃私は夢の中、邪魔しないから安心して来て下さい。 快晴、南西の風 五メートル
  

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2007年06月29日

渡名喜の夕暮れ

明後日 あの有名な渡名喜の海の運動会があるという!では急ぐ旅でもないし停滞する事にしう
  

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2007年06月29日

海旅

渡嘉敷島北端ジシップ島7時半出発 トナキ島11島着 晴天にして風 波やや高し 微かに久米島がみえるがこの風はきわどい方向にとってのため向かうか停滞がそれとも粟国か明日の風に聞きます。
  

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2007年06月27日

しばらくお休み

只今旅に出ています。
帰ってくるまでしばらくお待ち下さい。
旅の様子投稿します(たぶん)、よろしくお願いします。
旅してます  

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2007年06月20日

エーク(櫂)

150これについても奥が深く私などが分かったような話をするのは気が引ける。 がやはり作っている以上触れない訳にはいかない。 
沖縄では櫂の事をエークという呼び方をする。 イークの木で造る事からエークという名で呼ばれるようになった。とも言われている。 ある時代 エークは海人の魂のような存在だったのではないか その昔 海人の家に男の子が生まれるとイークの木(モッコク)を植えたという。年頃になると(13~15歳)その木でエークを造って海の手ほどきを受けたという。 サバニに使う道具は全て手作りしなければならない。 それはサバニ大工に造ってもらうにしても、自分で試行錯誤を繰り返して作るにしても、造らなければならない事には代わりがない。 遠く海外まで行ける程の航海性能を誇る舟にも関わらず、その装備品は身の回りの物で全てまかなえる。 というのも考えてみれば凄い。
現代においては、自転車のチェーン一つ切れても部品なしでは手に負えない。
  

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2007年06月13日

そして次の問題は大きさ。復元したフーは幅1.5メートル高さ3メートル、ちょっと小さい印象を受ける。帆の復元サバニレースに使われているようなフー程ではなくとも、もう少し大きくてもいいかも知れない。 このサイズが当時の一般的なサイズとは限らない。シーツで作ったら作りやすい大きさとして幅は、このようなサイズになるだろう。このフーはどのような目的で作られたのか、これに使われたサバニの大きさも分からない。また昭和22年~28年の沖縄の海人を、緒方拳が演じた「海の群星」では当然ながら単舟にも関わらず意外と大きいフーだったし、古い映像や写真でも小さい印象はうけない。当時のサバニの性能とそれを扱う技が伺える。 そうは言っても限界はあるだろう。サバニの大きさにもよるがアウトリガーなしでは幅2メートルのフーを超えるのは難しいのではないか、
ここからは予談は省いて実用的な事を私なりに書いていこう。

・フーの重さはフーザンにあるため、なるべく小さい方がいい。
・一番上は全体を持ち上げるため若干大きめに
・袋の絞りは約13パーセントが適当
・幅に対して高さは2.5~3倍
・上部の角度に性能の良し悪しは関係無い が フーの大きさに対して角度と長さは大きな関係がある。 例 (重くて大きいフー程 上部にかかる負担が大きいので大きな角度が必要)
・マストを中心にフーザンナー側との対比は少なくとも2対1以上 3対1が適当ではないか。
・フーザンを半分に割った方法と割らない方法では割らない方がいい。

試行錯誤の末フーは何度か造ってみるしかないようだ。造って失敗する事によってしか理解する方法は無いように思う。 サバニを造る という事が無理としても、せめて他は全て造る事をお勧めする。 サバニがさらに、いとおしく、より深く楽しめる事だろう。


モリ  

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2007年06月12日

FU(帆)

デザインは地域毎、またつくり手でデザインも変わっていたようだ。簡単に違いを分けるとしたら、直線的なラインか曲線のカーブを描いているか、だろうか。
どちらも共通しているのは
・フーザン(竹)とフーザンの間に袋を作っている。
・上部に角度を付けている。
今回の製作は単純なライン(直線的)にした。そして、袋と角度を設ける事とした。理由は何点かある。その一つは「角度はどうして設けているのか?」 「袋をなぜ必要のか?」 
どうしてそのような形なのか理解出来る。
昔使われていた帆曲線はデザインとしては確かにカッコいいが、この曲線は何のためにあるのか分はっきりと理解できていない。 形の理解が出来ていないにも関わらず形だけを真似しても、あまり意味を成さない。と言う事は、いいものを作れるはずがない。 それと最近 数十年前の海人が使っていた本物のフーを偶然にも手に入れた。 綿に豚の血で染めたと思われる赤の色がところどころに、まだ残っている。ボロボロで到底使い物にならないが、このフーこそ今までの失敗の何が問題だったのかを解決してくれた。 目からウロコとはこの事だろうか? 同じサイズ 同じデザインで復元してみた。そして初めて満足するフーが出来た。 かくしてフーのデザインは決まった。  

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2007年06月10日

ふー(帆)

本題に入ろう。 
・ 材質 ・ デザイン ・ 大きさ  この全ての選択は造り手のサバニへの思い入れや大げさに言えば、生き方も見えてくるような気さえしてくる。
材質について、その昔 綿が主流だったようだ。血染め中、この後悲惨な出来事が・・豚の血を染めたり草木染めで強度を増していたようだ。私達の初代フーは、この豚の血を塗ったが、やはり問題も多い。重い、水に塗れるとさらに重くなる。フーは留まるところは如何に軽くするかにかかっているだろうから、ダクロンを使うチームが多いのは納得がいく、その昔このダクロンが存在したら海人は間違いなく、これを使用していた事だろう。
また本来のフーは綿だ!という伝統を重んじてガンとして綿しか使わないチームもいる。
それはそれで納得がいく。
  

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2007年06月09日

フー(帆)の製作

これを説明するのは至難の業ではある。もっとも理解してもらおうとすればの話どだい無理な話なのだから、と言ってこれを無かった事にする訳にはいかない。工房では地味な作業が延々と続いているのだから、、、
単純に見えるフーも実は奥が深く尽きる事のない疑問だらけなのである。
2004年古座間味ビーチにて撮影当然だが、どこかのスーパーやホームセンターで売っている訳ではないから、サバニレースに参加しているチームの全てが、それぞれオンリーワンのフーを作っている。海想もサバレースでは同じフーで4回参加しているが、実はフーの製作はこれで5度目の製作になる。新しいフーを使わなかったのは、しっくりこなかったから、早い話が失敗作の連続というところだろうか。 懲りずに、また作る事にした。今度の製作目的はレース用というより遊びに使う事を前提にしている。 レース用に特化した必要以上に大きいフーではなく、「使い勝手のいい」「実用」 を優先する。 2005年与那城祭りでの一こまこの数年サバニにかける作業時間はレースのため、というより遊びに出るための作業が圧倒的に多い。 ごく一部を除いて大半のチームはレースが終わればサバニは暫くお休み、としているのではないだろうか? もっと普段の遊びの中にサバニを取り入れてもいいのではないかと思う。 もっともっと沖縄の風景の中にフーカキサバニが海に浮かんでいる姿を見たいものだ。
  

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2007年06月08日

ラダー 2

 サバニにはヨットのような深いキールが無い。 沖縄の海は浅いイノーが多い。ここを自由に走るためには喫水が浅くなくてはならない。 かと言ってサバニにシーカヤックのような跳ね上げ式は似合わない。またサバニの大きさ重量からすれば強度も心許ない。ラダーの基本的は機能を損なわない程度に、なるべく喫水を浅くし、たとえ浅いサンゴにラダーが当たっても致命的なダメージを受けないような設計にした。(あわよくば網もクリアー出来れば言う事なし)一号艇は、ハードな使用にも耐え、ちょっとしたトラブルにも問題なかったので同じデザインとした。(海想1号艇のラダーは走行中スキッパーの体重移動だけで定置網の袖網さえもクリアーできる。)
新艇あすく号のラダーサバニの大きさ 乗る人数にもよるが、約35センチの喫水にラダーの長さを5センチを超えないようにした。またここにロープが引っかかって巻き込む事の無いよう緩やかに下へ、そして後ろへ流れるようにした。 細かな手直しと、ある程度の追い波にも対応できるよう、2号艇のものより、さらに15%面積を増やした。これによってエーク(櫂)を併用すれば、どんな波にも対応可能だろう。


伊東孝志画伯作「ヤンバル船」海想オリジナルで販売中ところで進行船やマーラン船 ハワイのホクレア号も異様にラダーが大きい。それは追い波にも対応するためだと思われるが、では、なぜサバニには、このラダーは無かったのか? サバニで舵取りをした事のある人なら理解できるはずだが、サバニはエークによってわりと簡単に方向転換できる。もっと言えば上に挙げた船はスピードを利用してラダーで方向転換するがサバニは止まったままで簡単に舟を1回転できるほど高い性能を有している。
  

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2007年06月07日

ラダーについて 1

サバニが普段の風景の中に存在した頃 ラダー(舵)は無かった。 ではなぜラダーを造るのか? サバニを手足のように使っていた時代 技術がそれを必要としなかった。 
毎日サバニに乗って技術を磨く時間の無い現代人は、それでもやっぱりサバニに乗って走りたい! そういう人がラダーを造るのだ。
  

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2007年06月07日

サバニの日々

この時期になると工房にいる時間が多くなる。 
サバニレースの準備 サバニ旅の準備。
サバニが工房にお目見えして、その擬装に忙しい毎日 さらにフーのデザイン ラダーのデザイン&設計 等など、いったい私の仕事は何だったっけ? 那覇の事務所も遠い存在のような気さえしてくる。
折角だから、この際ここで発表してしまおう。と言っても興味のある人は、ごく限られた人だと思うが、、、


  

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2007年06月03日

サバニ航海 その参

かくして、賑やかな楽しい仲間と旅を共にする事になった。

サバニで島を渡った事で、どの島でも思いがけない歓迎を受けた。 沖に現れた懐かしいフーカキサバニに島のオジー達が次々と現れサバニについての想い出話をしてくれた。

初めてのサバニ旅では部落総出のビーチパーティー出くわし飲めや食えの歓待を受け、翌朝、何を血迷ったか学校の朝礼で挨拶までした。クルーを代表して挨拶に立ったのはアウトドアライターの堀田氏。名だたるライターであるから、さぞや、ある事、無い事色つけして立派な挨拶をしてくれるだろうと大いに期待したが、、、さすがに小中学生相手では、軽い無駄話も(失礼!)封印して朝礼らしい挨拶となった。

と こんな調子で書いて行くと、いつまでも終わらないから、また「長過ぎ!」という多くの、ご批判から、この辺で、そろそろ閉めにする。

 旅の途中 一人のオジーが陸に上がったサバニをジーと見ていた。 「オジー懐かしいでしょう。」 と 声を掛けた。 すると ゆっくりと話してくれた。 昔 これと同じぐらいのサバニを乗っていた事 糸満から島袋さんというサバニ大工が、ここ徳之島に住み着いてくれてサバニを作ってくれた事 おかげで何もない時代でも何とか生きてこれた。 サバニで海に出さえすれば生きていけた。 その島袋さんが最近亡くなった。身寄りがなく、一人逝った。 お世話になったオジーはその事が心に引っかかっているという。 



奄美諸島以南から与那国まで微かにではあるが未だにサバニの文化が残っている事に気ずかされた旅でもあった。 私達がサバニに夢中になるのは、こうした悠久の海との関わりの中で養われた歴史が内包されているからかも知れない。



 おしまい・・次の話をお楽しみに。  
タグ :沖縄奄美

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2007年06月01日

サバニ航海 その弐

舟は仲村さん率いるニヌハ号に伊東氏 ホーボージュンでお馴染みの斉藤氏 の3名 海想号には 森 福原 友利 の3名は海想のスタッフ それに 去年同じ旅に見送りに来ていたにも関わらず「一緒に行こう!」との誘いに 「じゃー」と飛び入り参加した野崎嬢 の7名
沖縄本島の北端 奥の舟溜りから日の出を待って出航 ここは三方を山に囲まれ北の風が吹かない限り風を受ける事が少ない。よって夏は山が壁になって港の周辺は、ほとんど風がない。出航して暫くは漕いで外にでる。 鏡のような水面も暫くすると風の影響で、さざ波が出てくる。 ここから先は帆を上げる。

風を掴んだ帆は音もなく滑るように進む。 こうなると漕ぐのを止め、後は、ただひたすら、水平線の彼方に微かに霞む与論島を目指す。サバニに当たる小さな波音を聞きながら、早速寝るもの では!と早々にビールに手を伸ばすもの サバニ旅はこのように、風さえ良ければ、たいして頑張らなくとも目的地に着いてしまう。数年前このコースを仲村氏は仲間を引き連れてカヌーで渡りきっている。  ほとんど風頼りのサバニ旅ではあったが実際体で体験するとこの距離は絶望的にさえ感じる。 この時の様子が氏と、その仲間で発行しているUMIKAJI(海風)に詳しく載っていた。 何とも魅力的な航海だろうか? カヌーで渡れるんだったらサバニでは楽勝ではないか? そう思った私は早速 仲村さんにアドバイスを伺った。 計画していた年は天候不良であえなく断念 次の年 そんな経緯もあって、仲村さんから「では一緒に行きましょうか?」と何とも心強いお誘いが、
 かくして、賑やかな楽しい仲間と旅を共にする事になった。

  まだつづく・・
  
タグ :沖縄

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